《関が原》 決着!
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東軍の攻撃が、明らかに西軍を圧倒し始めたのを確認して、家康おやぢは徳川の直近部隊にも総攻撃を命じました。
関が原で終始西軍の主力となって戦ってきた宇喜多秀家軍にも、今まで以上に東軍の兵士たちが押し寄せてきます。そんな激戦の中、秀家は部下から小早川秀秋の裏切りと大谷吉継の死を聞かされました。
「何ぃ?! 金吾め! 許さん! ( ̄皿 ̄)9」
秀家も実は†おぼっちゃん大名†で、家康や吉継のように秀秋の性根を見抜いてはいなかったのです。それどころか、彼は秀秋の率いていた1万2千という戦力を信頼しきっており、部下からの報告を聞いた秀家は完全にブチ切れ、自ら秀秋の部隊に向かって斬り掛かって行こうとしたのです。
一軍の指揮官が自ら単騎で攻撃を仕掛けるなどというのは、滅多にある事ではなく、そんな無茶をしたのは上杉謙信(うえすぎ けんしん)くらいのものです。部下たちは慌てて秀家を抑えました。
そうこうしている間にも東軍の攻撃は一層激しくなり、宇喜多軍も事実上崩壊し、秀家は部下の手によって無理やり連れられ、戦場を脱出します。
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