家康と秀吉の微妙な関係-2

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そんなわけで、秀吉は自分の手中に治めた織田家の勢力を背景に、四国・中国地方などを次々と屈服させて支配圏を広げていきますが、家康は秀吉の傘下に加わる事はなく、三河・遠江・駿府・信州・甲斐(愛知県東部から静岡の西半分と山梨・長野の一部)地方を治めつつ、時世を静観する事になります。

日本統一を志すために、なんとか家康を家臣に加えたい秀吉は、結局

「天下の為に、ワシの配下になってちょ m(_ _)m」

と頭を下げて、自分の母親を人質として差し出し、家康を家臣したのです。家康も時世の流れを読み取り、これ以上秀吉と敵対すれば、いずれ日本の中で孤立してしまうと判断したわけです。

その時から秀吉と家康の間には〝微妙な関係〟が続いていきました。最後まで秀吉に逆らった関東の北条氏を滅ぼした後、北条氏の版図であった江戸225万石の領地を、秀吉は気前良く家康にくれてやりましたが、この裏には徳川家代々の地盤である三河地方から、家康を引き離すことによって、一時的にしろ家康の力を弱める事が出来ると考えていたようです。


もし、秀吉よりも家康が死ぬ事があれば、秀吉はすぐにでもイチャモンをつけて、徳川家の225万石という広大な領土を、取り潰してしまうか、大幅に削減した事でしょう。

秀吉と家康は、表向きは良好な主従関係でしたが、心の中ではお互い

「どちらが先に死ぬか? (◎-◎;)」

という緊張した人間関係が続いていたわけです。

ですから、秀吉の死を知った時の家康の喜びは察して余りあるものがあると言えるでしょう。それまでの家康の行動を考えると、家康というおやぢは、〝徳川家の存続〟のみを願っており、間違っても自分が天下人になれると思っていなっかたし、天下を狙おうとは夢にも思っていなかったのは間違いありません。

しかし、家康も〝実力主義の戦国武将〟です。秀吉という〝重し〟がなくなり、リアルに天下を狙える立場に自分がある事を確信した家康は、マジで天下を狙いはじめたのでした。

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