小山へ…

〝石田三成挙兵! ヾ(`◇´)9〟

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の情報は、会津に向けて進軍中の家康おやぢの耳に届きました。

この情報は家康だけでなく、会津に進軍中のすべての豊臣大名に、

「家康おやぢは、天下を狙っとる! 秀頼様を守る為にも家康を討て! ヽ(`Д´)9(by 三成)」

という檄文がもたらされたのです。この檄文は三成以外にも、かつて五奉行の一員だった増田長盛や長束正家、そして前田玄以も名前を連ねており、〝豊臣政権の公文書〟になっています。

ですから、家康に付き従っていた豊臣大名たちの間には大きな動揺が起き始めていました。

しかし、この事態は家康にとって、想定内の出来事です。そして、家康の作戦は〝次の段階〟へと移すべく、行軍中の豊臣大名たちに、

「思わぬ事態が発生したので、今後の方針を決める為、小山(現在の栃木県)にて、評定(軍議)を開きたいので、各々集合されよ (・∀・)ノ」

というお触れを出しました。

こうした情報伝達をするにせよ、10万人規模の軍団が集結するにせよ、交通や情報手段の発達していない当時は結構時間がかかります。

小山での評定が開かれたのは慶長5(1600)年7月25日ですが、主だった大名が集結するまで、早く着いたものは近郊の豪族の家に泊まったり、野営したりして、評定の開始を待っていました。

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