小山評定前夜

いよいよ翌朝は小山で家康おやぢ主催の評定が開かれるという日の前夜、黒田長政(くろだ ながまさ)という男が登場します。

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長政は、秀吉の軍師を務めた事で有名な黒田如水(くろだ じょすい)の息子です。策士として有名だった如水に対して、長政は戦場で無類の働きをする〝戦士〟として名が知れ渡っている典型的な武闘派大名で、実は三成の大阪屋敷襲撃にも参加していました。

ところが、父・如水が策士としてあまりに有名なので、評価はイマイチなのですが、長政が得意なのは戦の実戦だけでなく、父の如水ほどではありませんでしたが、人を諜略する事も結構得意だったのです。

そんな長政が、小山評定が開かれる前夜、福島正則の宿泊する本陣を訪れました。

福島正則は、すでに紹介しましたが加藤清正と並んで〝秀吉子飼いの家臣〟の筆頭ともいえる男です。正則は秀吉の遠縁の親戚にあたり、秀吉の下で働いたからこそ、この時期に大名としてデカい面が出来る男で、そうでなければ〝ただの町の乱暴者〟で終った人物かもしれません。

ただ正則自身、その事を自覚しているようで、豊臣政権に対する忠誠心の高さは定評がありました。

長政が正則の元を訪れた時、正則はご機嫌斜めで、大酒を飲んでいたようです。

正則の機嫌が悪い原因はもちろん、石田三成が発した檄文で、殺したいほど憎らしい三成が、敬愛する秀頼の名前を使って、これまた尊敬する家康を討てと命令している事でした。

ただ、三成が憎らしいのは別として、もし檄文に書いてある

「家康は天下を狙っとる (`Д´)9」

というのが本当なら、豊臣家を守る為に今からでも西軍に参加して、家康を討たねばなりません。

武勇にこそ優れている正則でしたが、こうした〝政治的〟な判断は大の苦手で、正則は家康と三成、どちらに付くか決めかねてヤケクソになって酒をかっ喰らっているのでした。

そんな正則に長政は何やら話を始め、小山の夜は更けていきます。

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