関が原へ!
前線に到着した家康おやぢは、さっそく東軍の主だった大名を集めて軍議を開きました。
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東軍の基本方針は、
〝大垣城に居る石田三成を、野戦に引きずり出して打ち破る! ヾ(`◇´)9〟
というものです。
前述しましたが攻城戦、いわゆる〝城攻め〟というのは、城に立て篭もっている人数の10倍の兵力が必要とされると言われています。
東軍と西軍の兵力については、諸説が入り乱れており、ハッキリした人数は不明なのですが、決定的な兵力差というものはなく、〝裏切り大名を考慮しない〟表向きの兵力は、ほぼ拮抗していたと思われます。
そんな状態で攻城戦など出来るわけはなく、その上秀吉は城攻めを大変得意としていたのですが、実は家康は野戦では〝最強の武将〟ですが、城攻めは大の苦手だったのです。
そこで家康は三成をおびき出す為の〝偽情報〟を流す事にしました。それは、
「東軍は、大垣城界隈に集結している西軍を無視して、三成の佐和山城を攻め落とした後、大阪城に攻め込む ヽ(`皿´)9」
というモノでした。 もっともこの〝偽情報〟は三成をおびき出す手段ですが、もし三成がこの手に乗らず、大垣城に篭ったままであれば、家康は〝偽情報通り〟に佐和山城を攻略し、最終的に大阪城に攻め込んでいたでしょう。
偽情報を流して、東軍は進軍準備を開始したのは、西軍の諸大名が家康本陣に夜襲を掛けるかどうかで揉めていた時です。
「何ぃ~?! ( ̄□ ̄;)!!」
報告を受けた三成は仰天しました。事実、東軍の陣地は移動に向けて慌しく兵が行き来しています。
「先回りして、家康おやぢを仕留める! ヽ(`Д´)ノ」
と三成は決断し、西軍も移動を開始したわけです。
日本地図をご覧になって頂ければ分かるかもしれませんが、大垣城のある大垣は濃尾平野のほぼ西端ともいえる位置にあります。
この場所から西進する10万人単位の軍隊を、ほぼ同数の兵力で迎え撃つ事の出来る理想的な場所は、
〝関が原〟
だったわけです。こうして、東西両軍は〝決戦の地〟である関が原へと行軍を開始したのでした。
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